読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

うちの娘は育てにくい

癇の強い子=いわゆる“育てにくい子”の育児日記

冬来りなば春遠からじ

日記 育児 うちの子こんな子

先日、イヤイヤ期とは思えないほどの良い子っぷりで1歳半健診を終えた娘。その頑張りと成長に母ちゃんは思わず泣きそうになったけど、家では相変わらずキーキーよく泣く子猿ちゃん。とはいえ、家の外と中でキャラが変わるようになったとは。ずいぶん人間らしくなってきたもんですな。


そういえば最近はあれイヤ、これイヤというネガティブな主張から、あれがしたい、自分でしたい、私が誰かにしてあげたいというポジティブな主張をするようになりつつある。ただ、それがたまに無茶振り要素が強いのが笑えたり、苛立たしかったりする。
例えば、


◎ズボンは履きたくないけど靴下は履きたい。←この後出かけるんですが。

◎カーペットの上をウエットなクイックルワイパーで掃除したい。←肝心のフローリングの床はやりたがらない。

◎歯みがき、ドライヤー、トイレまでとにかく私をお世話したい。←気持ちはありがたいよ、うん。


急いでいる時とか疲れている時は正直、勘弁してほしいな〜と思うこともあるけど、好奇心や優しさからの要望だったりすると、無下にするわけにもいかない。結果、私と夫は芸人のように日々リアクション力を試されている。



そんな中、娘がおねえちゃんになることになった。



といっても、1歳半の娘は赤ちゃんがお腹にいることも、自分がおねえちゃんになることもさすがにまだ理解できていない。容赦なくお腹にダイブしてくるし、抱っこをねだる。でも、夫が私のお腹を撫でているのを見て真似をするようになった。夫がそうだったように、娘も生まれてからおねえちゃんになるんだろうな。

そして私。
娘の時からさらにプラス2歳。38歳での出産。
娘の妊娠、出産時は色々なトラブルがあって、高齢出産と育児のリスクとデメリット云々を身を以て感じた。いや、今も感じることは多々ある。この2年で体力や筋力は落ちたし、身体の機能も衰えた。たかが2年、されど2年。でもそれを悲観するでも楽観するでもなく、赤ちゃんの生命力を信じて静観するしかない。


只今、12週。
つわりやら変わりやすい天気やら感染症予防やらで外に出るのが億劫で、毎日引きこもりがち…。

ああ、早く来い来い、春と安定期。





ブログ村に参加することにしました。
よかったらぽちっと応援お願いします。

にほんブログ村 子育てブログ 2015年4月〜16年3月生まれの子へ
にほんブログ村 マタニティーブログ 二人目妊娠・出産へ
にほんブログ村 マタニティーブログ 高齢出産へ

年明けを待たずに来たイヤイヤ期

育児 うちの子こんな子

1歳を過ぎてからの娘は育てやすいくらいだった。時期相応の人見知りや後追い、夜泣きはあるけど、ひどい癇癪はなく、丁度引っ越しのタイミングで例の小児鍼も卒業できた。
あまりの落ち着きぶりに、ブログタイトルの変更を考えるようになった。
…が、私がこんな風に浮かれると、だ。

予感的中。疳の虫、再び覚醒。

最初は引っ越しの影響かと思ったけど、どうも違う。
食事、歯磨き、オムツ替え、着替え、散歩、抱っこ。今まですんなりできていたことなのに、何かというと逃げたり無視したり抵抗したりするようになった。
好きなもの、嫌いなもの、したいこと、したくないことをはっきり自覚できるようになった分、そういう自分の意志が思うようにならないと癇癪を起こす。

第一次反抗期だ。イヤイヤ期だ。
さすが知恵がついた分、今までの癇癪とは訳が違う。

泣くのは相変わらずだけど、最近はちょくちょく嘘泣きをする。ある意味、女子力高い。
キーキー叫びながら地団駄を踏んだり、物を投げたりして、猿顔負けの威嚇をする。
そして、1日最低1回は宇宙語でシュプレヒコールをあげてちょっとしたデモを起こす。

座り込み、寝転び、心のひとつも分かり合えない大人たちをにらむ。
とにかくもう、

「大人の言いなりになりたくない」

とな。

イヤイヤ期って尾崎豊になることなのか。イヤイヤ期の子どもたちこそ、真の反抗のカリスマに違いない。

そんな風にちょっと面白おかしく客観視して、母はメンタルを保っている。そうでもしないとやってられない。

…ちなみに特に尾崎ファンではないです。うろ覚えとは言え、なんだかんだ昔の歌って覚えているものなんですね。

ただ、所構わず全身全力で自己主張する娘。とにかく声が大きくて暴れ方も豪快なので、外だとどうしても人目が気になってしまう。

実は、私自身はかつてそういう子と親を見かけると、「ちゃんと躾してないの?」と思ってしまっていた。無知だった自分を叱りたい。今ならあのお母さんたちの悩みや葛藤がわかる。

それが、今住んでいる所は中高齢の方が多い古い土地柄、癇癪を起こす娘にも四苦八苦する私にも優しく声をかけてくれる方が多い。本当に救われる。本当にありがたい。
だから、この優しさを私も娘も次の誰かに伝えられたらいいなと思う。

2016年のスタートは辛いことばかりだと思っていた。でも、ブログを始めると読んでくれる人、共感してくれる人がいることが励みになった。自分もまた読み手のひとりとして自分の気持ちを客観視できた。ああ、私はこんな気持ちだったのか。結構頑張ってきたんだなと。
大晦日の今日思った。結構幸せな1年だったなと。

さて、間もなく年明け。
新しい年が全ての人にとって幸せなものでありますように。

転勤族、最後の引っ越し

お父さん 日記

夫の父は転勤族だった。夫の母は父親と離れて暮らすことがかわいそうだからと単身赴任を選ばなかったので、夫は小学校を3回変わった。でも、子の心親知らず。

「転校なんていいことないよ。地元もないし、幼馴染もいないし」

夫はそう言う。今はドライな夫も転校の度に友だちとの別れが寂しくて堪らなかったそうだ。むしろ、そういう過程があったからドライになったのかもしれない。今の夫の実家は夫が高校生になる時に移り住んだ。夫は20歳で就職して一人暮らしを始めたから、特別な思い出も思い入れもないと言う。

そんな夫も転勤族。大体2、3年ごとに動く。来年、遅くとも再来年には動きがあると思う。

そんな微妙な、いや絶妙なタイミングで、わが家はマンションを買った。

きっかけは支援センターの幼稚園説明会。まだ先の話だからとのほほんと不参加を決め込んでいたら、うちが今住んでいる地域が幼稚園激戦区だと漏れ聞こえてきた。

  • 2歳児クラスのプレ幼稚園というものがある。
  • プレ幼稚園に通わせないと入れない園もある。
  • 園によっては1歳児対象のプレのプレクラスがある。
  • 入園には優先枠があって、プレ枠や兄弟枠がある。
  • 2年、1年保育は若干名の募集しかない。

知らなかった。幼稚園て入りたい園に3歳になったら申し込めば入れるんじゃないのか。
なるほど。だから説明会には0歳、1歳の子の親御さんも参加していたのか。「今のお母さんたちは気が早いんだな」と思っていたけど、私の方が「あの人ちゃんと話聞かなくて大丈夫なのかしら?」と思われていたのかもしれない。

じゃあ、来年わが家が転勤になったら、

2017年 転勤
2018年 在宅orプレ入園
2019年 年少で入園
2020年 転勤 年中で転園

ということになるから、転勤先によっては幼稚園探しが大変になるかもしれない。

軽い危機感を覚えて夫に話をしたら、

「マンション買おう」

と。ずいぶん唐突なことを言い出すなと思った。でも夫は前からこっそり物件を探していたらしい。
娘に自分のような寂しい思いをさせたくないから。

思い立ったが吉日で、8月に1件だけ内見したのが今住んでいるマンション。他の物件を見るまでもなく即決したくらい良い家。

娘にとっては最初で最後の引っ越し。もしかしたら引っ越し早々単身赴任もあるかもしれないけど、家族3人、これからここで沢山の人と出会い、沢山の思い出を積み重ねていく。いつか娘が巣立っても、いつでも羽根を休めに帰ってこられる故郷にしてあげたい。

合縁奇縁

育児 日記

さて、晴れてモンママの呪縛から解放されたとはいえ、私は若干人付き合いに嫌気が差していた。
かといって、家に母娘2人こもるのも気詰まり。丁度ファーストシューズを買ったばかりだったので、とりあえず靴に慣らすためにアパートの敷地で外遊びをすることにした。
私と2人、転がってる石ころや落ち葉を拾ったり、野良猫を追い掛けたりするだけだったけど、支援センターにいる時より娘はずっと楽しそうだった。私も楽しかった。
そうこうしているうちに娘の足取りがしっかりしてきたので、公園にも行ってみることにした。小心者の私はママグループの目が気になるので、まだ誰もいない早い時間に出かけた。貸し切り状態の公園で娘は思う存分歩き回り、大好きな滑り台を私のお尻が擦り切れそうになるほど滑った。
楽しくて毎日時間が経つのが早かった。「幼稚園に入れば友だちはできるだろうし、今は2人で楽しく遊べればいいや」と思うようになっていった。

同じアパートのご近所さんに声をかけてもらったのは、そんな矢先のことだった。
娘と誕生日が一週間違いの男の子とお姉ちゃんに、人懐っこい男の子2人兄弟。最初は人見知りで私の陰に隠れていた娘が、同い年の子と拙いやり取りをしたり、優しいお兄ちゃんお姉ちゃんに構ったりしてもらっているうちに、少しずつお友だちがいるその場所を楽しめるようになってきた。
私もお母さんたちと他愛もない話をするようになった。今のアパートに越してきて2年。今時の希薄な近所付き合いにずっと警戒的だっただけに、こんな古き良きご近所付き合いができることが嬉しかった。外遊びしなければ、こんなかわいい子と親切なお母さんたちが同じアパートに住んでいることをずっと知らないままだった。

それにしても、あのモンママとのいざこざから、2年越しの近所付き合いに繋がるとは。合縁奇縁てこういうことか、と思った。

それこそ子どもの頃、友だちはいつの間にかできているものだった。ただ同じ場所で遊んで、またねって約束を繰り返して。実際私にもそれだけで30年近く続いている幼馴染がいる。“何となく”馬が合うとか、“なぜか”続くっていうのがまさに縁なんだろう。

娘もちゃんと自分でお友だちを見つけた。最近では公園でも顔見知りができて、毎日の外遊びは娘の日課になり、お友だちがいることが娘の日常になった。
子どもってすごい。
そして、人見知り母ちゃんの世界を広げてくれたのも娘だった。
子どもってすごい!

人のふり見て我がふり直す

育児 日記

菅野美穂のドラマ「砂の塔」。ドラマだから誇張されているとはいえ、強烈なママ友のキャラといびりにイラついたり、ビビったりしながらもついつい観てしまう。単純に菅野美穂が好きなのと、ああいうママ友やモンスターペアレントは所詮、フィクションだと思っているから。

…なんだけど。
ドラマレベルではないけど、モンスターマザー(以下モンママ)は実在した。この夏、足繁く通った支援センターにそのモンママはいた。

モンママは娘Kちゃんをうちの娘と遊ばせない。「あっちで遊ぼうね」、「こっちに来ちゃダメ!」と言ってはいちいち引き離す。娘以外の子とは普通に遊ぶ。
お昼ごはん中、バナナ大好きな娘がうっかりバナナの皮を舐めてしまったのを見て、「やだ!汚い!バナナの皮って農薬すごいのにねぇ…」と鬼の首を取ったように言う。
娘がセンターの職員に「ちゃんといただきますとごちそうさまして、残さず食べて偉いね!」と褒められればすかさず、「Kちゃんだって家ではちゃんとご挨拶できるよね!いつもは残さず食べてるよね!」と対抗心を剥き出し。

などなど。初対面の挨拶を無視されたくらいなので心当たりは全くないんだけど、とにかく私たち親子は目の敵にされた。でも目くじらも波風も立てるだけ損だから、モヤっとしつつも愛想笑いでのらりくらりかわしていた。

そんなある日。私とモンママの面前でKちゃんが突然娘の頭を叩いた。娘は驚いて大泣きした。
そりゃ「あらら」とは思ったけど、Kちゃんに悪意がないのはわかっていたし、小さな子ども同士は叩いたり叩かれたりなんてお互いさまだから、大事にするつもりなんてさらさらなかった。ただ正直に言うと、こちらが「謝れ(謝らせろ)」と言うことはなくても、向こうが「謝る(謝らせる)だろう」と思ってはいた。自分ならそうするからだ。
が、モンママは支援センターの職員にすがりついて、

「うちの子はこんなことする子じゃないんです!こんなこと初めてなんです!」

と、気の毒になるくらい必死にわが子の弁護を始めた。それだけならまだしも、

「あの子に何かされたんでしょ!?だから叩いちゃったんでしょ!?」

と、まさかの正当防衛論を展開。
さすがに、「これはないな」と思った。

支援センターに行くのをやめたらモンママの思う壺だと思っていた。通い続けたのはただの意地だった。でも、なかなか泣き止まない娘を見ていてやっと気がついた。モンママがKちゃんをうちの娘と遊ばせないようにするのも、娘が嫌がられないように私が他の親子に気を遣い過ぎるのも本質は同じで、親のエゴで過干渉だということに。
娘は叩かれたのが痛かったことよりも、私の押し付けがましさと体裁を取り繕うような態度が悲しくて泣けたのかもしれない。

私は、娘に友だちを作って“あげる”という、子ども思いの母親ぶった独り善がりと、支援センターに行くのをやめた。

父ちゃん、劇的ビフォーアフター

育児 お父さん

娘はお父さんが大好きだ。大好きなあまりお父さんを後追いするほど。
そして、夫も娘が大好きだ。大好きなあまり性格が変わってしまったほど。

元々夫はドライな性格な上、寡黙でポーカーフェイス。結婚前にはあまりのリアクションの薄さに苛立ち、「飲んでるビールだけじゃなくて中身もスーパードライ」と、寒々しい毒を吐いたこともあった。
娘を妊娠した時は喜んでくれてはいたけど、私が促さないとお腹に触ったり話しかけたりすることはなかったし、エコー写真も「どこが目かわからない」と言ってしまうような人だった。後で言っていたけど、「顔を見て実感できた」のだそうだ。

そう、確かに娘が生まれたその日から夫は変わった。生まれてすぐに娘が入院し、里帰りをせず夫婦2人で育児を始めたことで、一気に父性が開花したらしい。生まれたばかりの頃、

「こんなにかわいいなんて思わなかった」

と言ったことがあった。私は、

「こんなにかわいがるなんて思わなかった」

と、返した。
何ということでしょう!あのスーパードライが今は娘を笑わすために歌を歌い、変顔をして、娘の一挙手一投足に一喜一憂しています。こんな大が付く程の親バカ、子煩悩になるなんて。これまた大が付く程の嬉しい誤算。
そりゃもう、劇的ビフォーアフターもびっくりの原型を留めないフルリフォームっぷり。

娘が生まれて1年で、夫は授乳以外の娘の世話ができるようになった。でも正直、ここだけの話、二度手間になることもある。
おむつ替えはちょっと雑だし、娘の服のコーディネートはワンパターンだし、寝かしつけながら先に寝てしまう。でもそんな夫を見ていると、不器用だけど温かな父親ならではの愛情を感じられる。大体、母親と全く同じ育児をされたら、私の立場がなくなってしまう。だから、器用なイクメンでなくていい。娘を真摯に愛する親バカで子煩悩な父親でいてほしいと思っている。

未だ何かと育てにくい娘の育児を頑張れるのは夫がいてくれるからだ。誰が見てもお父さん似と言われる娘の顔を見ていると、好きな人の子どもを産み育てられる幸せを実感する。ああ、あの時好きになったあの人の子どもがここにいる、と。
だから、愛情と敬意を込めて言いたい。あなたは大親バカで大子煩悩で、おまけに愛妻家だ、と。

思い出という抜け殻

育児 日記

先日娘がめでたく1歳の誕生日を迎えた。

誕生日前から育児日記を読み返してはうるうる。生まれてからの写真を見返してはうるうる。誕生日前日に参加した支援センターの誕生日会で、ハッピーバースデーのフルート演奏を聴いていたら、とうとう感情の昂りがフライングでクライマックスを迎えてしまった。
娘の成長はもちろん嬉しい。でも1人では何もできない小さな赤ちゃんでいる時間は短かく、これから時間をかけて少しずつ親の手を離れていく。育児が大変で早く大きくなってほしいと思っていたくせに、いざ0歳最後の日になったら、もう見られない表情や仕草を思って寂しかった。

そんなセンチメンタル母ちゃんは、きっとこの先も折に触れて思い出すだろう。誕生日当日は終始バタバタで感慨に耽る間もなかったこと。朝イチの予防接種。アリスでのイヤイヤ写真撮影。よりによってこの日急遽私が歯医者に行ったこと。一升餅を背負ってひっくり返ったこと。不器用だからかわいい飾り付けも凝った料理もなかったけど、家族3人でお祝いできたことが本当に嬉しかったことを。

今はまだ何かあっても何もなくても抱っこをねだってまとわりついてくる1歳の娘。そのうち親より友だちとの時間を選び、いつかは親より大切な誰かとの人生を選ぶ日が来る。

成長するその度、抜け殻みたいに残るのが思い出なのかもしれない。沢山の思い出が娘を育てていく。だから特別な日じゃなくても何でもない1日こそ大切に過ごしたい。

そんな風に思った1歳最初の日。