こじらせ母の育児と育自

高齢出産のち、2歳差姉弟の育児。

息子を「いか飯くん」と呼んでいた頃

もうすぐ2歳になるマルコメやんちゃ坊主の息子。超安産で生まれた彼はよく食べ、よく寝て、よく遊び、よく出す。いやいや期の自己主張がすごいことを差し引いても、娘の育児がベースにある私にとっては間違いなく育てやすい子だ。



ただ、実は1歳までヒルシュスプルング病という先天性の腸の病気の疑いがあり、入院や検査、通院をしていた。



結論を先に言うと、疑いは晴れている。主治医の最終的な診断は「極度の便秘症」となっている。けれど、これがそんなことを微塵も感じさせない快腸ぶりなのだからわからないものだ。
ここからは息子が生まれてから1歳になるまでの紆余曲折な話。



胎便が出た後から綿棒浣腸をしないとうんちが出せない。それも沢山は出せない。げっぷとおならが下手で吐き戻しが多い。育てやすい半面、娘の新生児期とは違ってその点が手が掛かり、気掛かりでもあった。

退院後、日に日に綿棒浣腸をしてもうんちが出ないことが増えた。やっと出たかと思えば、爆発したようにうんちが飛び散った。吐き戻しがもはや赤ちゃんの溢乳レベルではなく、これもまた爆発したように吐物が飛び散った。授乳→吐く→お腹が空く→授乳→また吐く。着替えは日に5~6回。里帰りしていて家事は母任せだったけど、全く休めない。息子のお腹が膨れてくると私の不安も膨らむ。私はひたすら綿棒浣腸をし、膨れたお腹の息子を「いか飯くん」と呼んで不安を誤魔化して笑い飛ばすことに終始した。



生後1ヶ月。
息子のお腹は蛙のお腹のようにパンパンに膨れ上がっていた。もう「いか飯くん」なんて呼んで誤魔化し笑える状態ではなかった。1ヶ月健診で相談すると、赤ちゃんにはよくあることだと言われた。医者が言うのならそうなのだろう。成長すれば落ち着くのだろう。そう一度は納得させたけど、健診後、飛び散った吐瀉物の片付けをする度、不安と違和感は拭えなくなっていった。だって娘の時はこんな吐き方をしたことはなかったし、げっぷやおなら、うんちがこんなに出ないこともなかった。
里帰りが終わる前に受診することにした。病気ではなくただの便秘体質であってほしい。でも、もし何かの病気なら早く治してあげたい。そんな複雑な気持ちだった。

息子のお腹を視診、触診した小児科医は最初、整腸剤を処方して様子見だと言った。でもやや間があってから、念のため腸のレントゲンを撮りましょうと言い直した。そして、撮影されたその画像は素人の私が見ても異常だとわかった。息子のお腹はげっぷやおなら、出しきれていない沢山のガスの塊が溜まっていて、まるで蛙の卵のようだったからだ。
小児科医はしばらく考え込んでから、小児外科医の先生が今日たまたま診察日だから診てもらいましょうと言った。



ヒルシュスプルング病かもしれない。今から検査するから入院して」



小児外科医は聞いたことのない病名と入院をあっさり告げた。真っ先に思った。娘にもうすぐお父さんが迎えに来て家に帰るよと言ったのに。今日もすぐに帰るよと言ってきたのに。ああそれに、私は娘だけじゃなく息子も元気に産んであげられなかったのか、と。
病室に案内されて入院の説明を受けている時、私は恥ずかしげもなくおいおい泣いてしまった。





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ブログ再開

娘3歳、息子1歳、母40歳。
次から次へと形を変える育児の悩みと、年齢柄避けられない心身の不調に翻弄される毎日です。


ブログを書く余裕もないまま、早2年弱。


思うところがあって、また自分の気持ちを書きたいという気持ちが湧いてきました。
そして、再開するにあたり真っ先に思ったことがブログタイトルを変えることでした。


今までのブログタイトルの象徴とも言える娘は現在3歳。この4月から幼稚園の年少さんになりました。
園の先生からは、「とてもしっかりしていますね!」と恐縮するほどほめられます。典型的な内弁慶で、家では相変わらず癇癪を起こすと手を焼くけれど、育てにくさはほとんどなくなりつつあります。

一方、息子も生まれてから色々ありました。
娘とは違い、健康面で何かと心配が多いですが、天性の人たらしでとても人懐こく、周りの人に恵まれるタイプの子です。ただ娘同様、1歳早々に激しい自己主張が始まり、まもなく迎えるであろう2歳イヤイヤ期本番に戦々恐々としています。


今、ブログの過去の記事を読み返して思うこと。

それは母である自分のネガティブさや育児についての持論、価値観が自分の首を締めていた、ということです。
そして、実はそれが今もほとんど変わっていないということも。


前置きが長くなりましたが、そんな理由からブログのタイトルを変えました。


最後にもうひとつ。
このブログは言葉だけのブログです。そしてたまにポジティブなことも書けますが、基本的にはネガティブです。それにかわいいイラストもほっこりするマンガも描けません。要は楽しい育児ブログではありません。


でも、もし今育児に悩んでいる方はちょっと読んでみてください。こんなヘタレ母ちゃんもいると思ったら、少し自信が持てるかもしれません。


どんなことにも無駄なことなんて一つもないと思います。成功だけじゃなく悩みや失敗や後悔も、必ず人生の一部となって自分を作り上げていくものだから。

今日も私は娘と息子と、自分を育てています。




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2児の母になる。

8月30日20時40分。
3082gの男の子を無事出産した。
夫大爆笑、自分もびっくり3時間のスピード安産だった。



全く生まれる気がしなかったその日の朝。
娘が突然お腹に向かって、



「あかちゃんはやくでておいで!」



と言った。
ここ数日は前駆陣痛ですら遠のいていたので、私も母も「まだなんだよ〜。早く会いたいね〜(笑)」なんて笑い飛ばしていた。

それがまさか、娘の言った通りになるとは。
というか、陣痛が起こっても全く生まれる気がしなかった。



* * * * * * * * * * * * * * *



17時頃。
娘と散歩中に弱い痛み。また前駆陣痛だろうとあまり気に留めず、帰宅してから娘とお風呂に入る。

18時頃。
夕飯を食べていたら、何となく痛みが規則的なことに気付く。間隔を測ると4、5分間隔。だけど歩けるし、喋れるし、食べれるからなかなか確信が持てない。陣痛ならこんなもんじゃないでしょ!と夕飯を完食。

18時半。
足の間に生温かい感触が。破水かもしれないと、ここでようやく病院に電話をする。すぐに来るよう言われ、陣痛タクシー手配。

19時半。
病院到着。此の期に及んで長くなるだろうとウイダーinゼリーを院内コンビニで購入。内診で破水確定。子宮口3センチ。まだまだ生まれないでしょ!と思っていたら、「旦那さんに来てもらった方がいいかも」と助産師に言われる。

そこからはあっという間。
内診後、病院に着いた安心感からか痛みが強くなり、いきみ感も出てくる。すぐに分娩台に上がって30分ほどいきみ逃ししていると10センチ開大に。

20時40分。
息子生まれる。

カンガルーケアで胸に来た息子に最初に言った言葉はなぜか、



「おかえり!」



だった。



* * * * * * * * * * * * * * *



少し遅かったけど、両親と娘にも来てもらい、出産から1時間半後にようやく夫も到着した。

ぼんやりオレンジ色のLDRの灯りがどこか幻想的で、夢の中にいるような幸せを噛み締めていた。
生まれてすぐにこんなに祝福される息子も、誰かと喜びを分かち合える私も本当に幸せだ。
だけど、息子を産む前も産んでからも考えるのは娘のことばかり。


娘の時はしてあげられなかった、カンガルーケア。
娘の時はさせてあげられなかった、生まれたての赤ちゃんを夫に抱っこしてもらうこと。
娘の時は不安でたまらなく、笑顔がなかった。


娘の時は。
娘の時には——。

元気に産んであげられなかった。



ずっと後悔していた。もう一度娘を産んであげたいと思うくらい。
お産中辛くなると、娘の時にはもっと辛かったんだと奮い立たせた。無事に息子を産むことで娘に、あなたが生まれてきてくれて嬉しい、幸せだと伝えたかった。

きっと娘はわかってくれている。
生まれたての弟に優しく呼びかけ、愛おしそうに頭を撫でてやっている。
それは、娘が生まれてすぐ私が娘にしてあげたかったことだから。

そして私は。
息子を産んで、娘のお産の時の辛かったことは、全て意味のあるものだと思えるようになった。

娘が生まれたからこそ息子は安産だったし、
息子が生まれて娘は自分が生まれた意味を知ることができた。
娘は息子のために生まれ、息子もまた娘のために生まれてきたのだと。



こうして息子のお産と、2年かかって娘の産後が終わった。
さあ、いよいよ2児の母になる。





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だめ、まだ、あとで

38w1d。
7月半ばから娘と実家に居候中。

娘は先日こちらで2歳の誕生日を迎えた。お盆休みには夫が嫁実家にまさかの連泊で来てくれ、3人家族での最後のお出掛けもできた。
お腹の子は男の子だとわかり、名前も決まった。

勘のいい娘はお産が近いことは何となく察知しているようで、このタイミングでイヤイヤに拍車がかかってきた。



そもそも予想通り、里帰り後なかなか落ち着かなかった娘。それでも娘なりに何とか適応しようと頑張っていた。
それがやっと慣れたと思った矢先、大好きなお父さんに会えたと思ったらあっという間に帰ってしまったものだから、その寂しさを引き金に癇癪玉がこれまでにない大爆発。何もかも拒否して泣き叫び、食べムラもひどく、ちょこちょこ夜泣きもする。

仕方ない。
大人だって慣れない場所で慣れない生活を続けていたら、ストレスが溜まる。そして新しい家族が増えることは喜ばしい反面、緊張感や戸惑いもあるもの。


娘は本当によく頑張っている。

お腹の子が生まれたら、娘にかかりきりでいられる時間は激減する。だから、生まれるまでは沢山甘えさせてあげよう。


とは思うものの、実際は2歳児相応の無茶振りに何でもかんでもはいはいと応じることはできない。結果、我慢もさせるし叱りもする。
2歳なりたてにしては言葉が達者で、理解力もある娘。彼女の主張は理解しやすくなっているし、こちらの指示もよく通る。その分、ごまかしが効かなくなりつつもある。


「だめ」
「まだ」
「あとで」


あまりいい言葉ではないと頭ではわかっていても、日に何度も口にしてしまう。

いたずらや危ないことをしたり、新しいことに挑戦して失敗したりして誰かに迷惑をかけても、寛容に受け止めてもらえること。
ちょっとした成長や成功を一緒に喜んで、ほめてもらえること。それはきっと子どもの、それもかなり幼いうちだけの特権みたいなものだ。
大人になったら失敗は叱責されるし、努力が認められず報われないことなんていくらでもある。

限られた時間の中で、親はどれだけその特権を行使させてあげられるのか。
難しい。悩ましい。



臨月に入っても胎動が激しいままのお腹にきゅーっと痛みが走る。
ああ、そうだ。2児の母になるカウントダウンはもう始まっている。イヤイヤと前駆陣痛に一喜一憂している場合じゃない。
だめ、まだ、あとでって、娘だけじゃなくお腹の子にも聞こえているだろうし、自分にも暗示をかけているようなものだ。

ここまできたら、待ったなしだ。

まずは元気な息子を産む。
あとのことは生まれてみてからの話。
どーんと構えてがっちり受け止めよう。





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辛さ5割、楽しさも5割

ムーニーから、はじめて子育てするママヘ贈る歌。 「moms don’t cry」(song by 植村花菜) - YouTube





ワンオペ育児を推奨しているとか、辛かった時のことがフラッシュバックするとか否定的な反響が多いというこのCM。慣れない育児に孤軍奮闘する母親の姿は確かにリアル。

フラッシュバックというほど強烈ではなかったものの、「私もこんなだったし、もっと荒んで絶望的だった」のを“思い出した”。

振り返るほどの過去でもないたった2年弱前のことなのに、あんなに辛いと思っていたのに。“思い出す”と言えるということは、忘れかけていたということだ。
あの辛かった毎日がすでに遠い過去になりかけていることに、安堵と寂しさと後悔が入り混じった複雑な気持ちになった。


そこに最後の「いつか宝物になる」というキャッチコピー。
これは現実で誰かに言われたくないなと思った。


ああ、あれだ。「今が一番かわいい時」っていう育児OGの常套句に似ている。言われた時のあの何とも言えない苦々しい気持ち。
最近は受け流す余裕もできたけど、1年くらい前までの私はまだまだ育児は辛さ8割、楽しさ2割だと思っていたし、娘をかわいいと思えない時がある自分は母親失格なのかと苦しかった。



辛さ8割、楽しさ2割 - うちの娘は育てにくい



一見、奔放で何不自由なく見える現代の母親こそ、実は古き良き時代の良妻賢母像に捉われて自身とのギャップに苦しんでいるように思う。だから、献身や忍耐を美徳とする日本人らしさを良くも悪くも感じさせるCMのキャッチコピーや例の常套句に、真面目な母親ほど敏感に反応してしまうのではないか。

育児が辛い、子どもがかわいいと思えないなんて言っても思ってもいけないと。
母親なんだからと。



今、辛さと楽しさは半々くらいになった。

だけど、この先これはもう変わらない気がする。子どもがいくつになっても親としての経験値が増えても、不安や心配は形を変えてずっと付きまとうから。


母親として未熟であることは、恥ずかしいことではないと思いたい。
誇れることでもないけど。

形振り構わず娘と向き合ってきたし、今も向き合っている。そしてこれからも向き合っていく。そこに無駄な事はひとつもないと思いたい。
失敗や後悔だらけだけど。


いつか宝物になるなら、やっぱり楽しかったり嬉しかったりしたキラキラした思い出の方がいい。
辛い出来事は時間をかけて受け入れて、自分の人生の糧や笑い話にできれば儲けもの。

だから、きっと私はこれからも泣いたり悩んだり苛々したりしながら娘を育てていくと思う。
5割の楽しさは大切にして。





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春の憂鬱

それは転勤の辞令。
別れだ新しい出会いだと、否応なしにそわそわさせられること。
梅が咲いた、桜が咲いたと風情なくお祭り騒ぎするのも白けてしまう。

目下、一番の憂鬱は現代の風物詩の如く流れる保育園のニュースだ。



保育園に落ちた人を今の日本の母親代表のように取り上げては、これからの日本は共働きが当たり前。女性は子どもを産んでもバリバリ働くのが当たり前だと焚きつける。

昔は女は家と散々抑えつけてきたくせに。随分都合がいいことを仰る。
日本は国を挙げて女性の価値観を画一化しようとしているのか。道理で女性が生きづらいわけだ。
どう生きるかはその女性個人の事情や意志次第のはずなのに。

結果、一部間違った解釈をしたお母さんたちが嬉々としてこんなことを言う。



「保育園入れた方が楽だよ」
「トイトレは保育園がやってくれるよ」
「なんで働かないの?」



私は子どもが自分で食事を取り、トイレで用を足し、服を着替えられるようになるくらいまでは自分の手元で育てたいし、どんなに大きくなっても子どもの見送りと出迎えはしたいと思っている。

そういう私の価値観は古いと蔑ろにされているような気になってしまう。
とはいえ、そう思えてしまうのは、私が専業主婦でいることに迷いや不安があるからだ。


娘を連れて公園に行くと誰もいない。
元々子どもが少ない土地ではあるけど、皆共働きでいないのだと気付いたのはしばらくしてからだった。

私が子どもの頃、自分の母も友だちのお母さんも皆専業主婦だった。社宅住まいだったので、外に出れば誰かしらいて遊び相手には困らなかったし、見守りがてら母親たちが井戸端会議をしていたものだった。

でも今、私は娘の遊び相手も育児の戦友も努力しないと見つけられない。
働くお母さんたちと時代から取り残されたような心細さを感じる。

気持ちが揺れる。


私も働けば。

娘は保育園で友だちや先生と遊べるし、私にも気の合う同僚の1人2人できるかもしれない。
それに収入も増えて、少しは自分の自由になるお金もあって。仕事で評価されることもあるかもしれない。

と、考えたところでナンセンスだと思い留まる。


働く理由が生活のためでも、自分のキャリアのためでも、子どものためでもないなんて。
周りが働いているから私も働くと右に倣えで仕事をするような人間は会社には要らないだろうし、その程度で貴重な保育園の枠を埋めるのは違うと思う。


今はまだ働かない。
そう決めたのは自分なんだから、周りに流されたり、引け目に思ったりせずに堂々としなくては。

働いていようと働いていまいと、母が一本筋が通っていれば子どもは信頼してついてきてくれると思うから。





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冬来りなば春遠からじ

先日、イヤイヤ期とは思えないほどの良い子っぷりで1歳半健診を終えた娘。その頑張りと成長に母ちゃんは思わず泣きそうになったけど、家では相変わらずキーキーよく泣く子猿ちゃん。とはいえ、家の外と中でキャラが変わるようになったとは。ずいぶん人間らしくなってきたもんですな。


そういえば最近はあれイヤ、これイヤというネガティブな主張から、あれがしたい、自分でしたい、私が誰かにしてあげたいというポジティブな主張をするようになりつつある。ただ、それがたまに無茶振り要素が強いのが笑えたり、苛立たしかったりする。
例えば、


◎ズボンは履きたくないけど靴下は履きたい。←この後出かけるんですが。

◎カーペットの上をウエットなクイックルワイパーで掃除したい。←肝心のフローリングの床はやりたがらない。

◎歯みがき、ドライヤー、トイレまでとにかく私をお世話したい。←気持ちはありがたいよ、うん。


急いでいる時とか疲れている時は正直、勘弁してほしいな〜と思うこともあるけど、好奇心や優しさからの要望だったりすると、無下にするわけにもいかない。結果、私と夫は芸人のように日々リアクション力を試されている。



そんな中、娘がおねえちゃんになることになった。



といっても、1歳半の娘は赤ちゃんがお腹にいることも、自分がおねえちゃんになることもさすがにまだ理解できていない。容赦なくお腹にダイブしてくるし、抱っこをねだる。でも、夫が私のお腹を撫でているのを見て真似をするようになった。夫がそうだったように、娘も生まれてからおねえちゃんになるんだろうな。

そして私。
娘の時からさらにプラス2歳。38歳での出産。
娘の妊娠、出産時は色々なトラブルがあって、高齢出産と育児のリスクとデメリット云々を身を以て感じた。いや、今も感じることは多々ある。この2年で体力や筋力は落ちたし、身体の機能も衰えた。たかが2年、されど2年。でもそれを悲観するでも楽観するでもなく、赤ちゃんの生命力を信じて静観するしかない。


只今、12週。
つわりやら変わりやすい天気やら感染症予防やらで外に出るのが億劫で、毎日引きこもりがち…。

ああ、早く来い来い、春と安定期。





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