うちの娘は育てにくい

癇の強い子=いわゆる“育てにくい子”の育児日記

思い出という抜け殻

先日娘がめでたく1歳の誕生日を迎えた。

誕生日前から育児日記を読み返してはうるうる。生まれてからの写真を見返してはうるうる。誕生日前日に参加した支援センターの誕生日会で、ハッピーバースデーのフルート演奏を聴いていたら、とうとう感情の昂りがフライングでクライマックスを迎えてしまった。
娘の成長はもちろん嬉しい。でも1人では何もできない小さな赤ちゃんでいる時間は短かく、これから時間をかけて少しずつ親の手を離れていく。育児が大変で早く大きくなってほしいと思っていたくせに、いざ0歳最後の日になったら、もう見られない表情や仕草を思って寂しかった。

そんなセンチメンタル母ちゃんは、きっとこの先も折に触れて思い出すだろう。誕生日当日は終始バタバタで感慨に耽る間もなかったこと。朝イチの予防接種。アリスでのイヤイヤ写真撮影。よりによってこの日急遽私が歯医者に行ったこと。一升餅を背負ってひっくり返ったこと。不器用だからかわいい飾り付けも凝った料理もなかったけど、家族3人でお祝いできたことが本当に嬉しかったことを。

今はまだ何かあっても何もなくても抱っこをねだってまとわりついてくる1歳の娘。そのうち親より友だちとの時間を選び、いつかは親より大切な誰かとの人生を選ぶ日が来る。

成長するその度、抜け殻みたいに残るのが思い出なのかもしれない。沢山の思い出が娘を育てていく。だから特別な日じゃなくても何でもない1日こそ大切に過ごしたい。

そんな風に思った1歳最初の日。